玉陵御清明祭~受け継ぐということ~【特別寄稿② 尚本家第23代当主 尚衞】
今回は前回に引き続き首里玉陵の御清祭(ウシーミー)についてお話しいたします。
首里の玉陵は那覇市首里金城町に位置し、首里城公園の近くにあります。
玉陵は第二尚氏王統の歴代国王が葬られている陵墓です。
第二尚氏王統の第三代尚真王が、父である尚円王を葬る為に建築したもので、後世に琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産になり、国宝にも指定された沖縄県最大の破風墓であります。
私の記憶の中にあります尚本家の玉陵御清明祭は、私の学生時代に遡ります。
その当時玉陵は私の父の所有であったため、家族、親族で細々と御清明祭をしておりました。母が中心となりまして、お供え物を手ずから作っていたのを想い出します。
その後、40年ほど尚本家の御清明祭を執り行う事は叶わず、去年40年ぶりに悲願の尚本家主催の御清明祭を執り行いました。
私は去年から親族を一人ずつ替わりあって御清明祭に参列させ、その特性を理解してもらおうと努力しておりました。
今年も4月初旬に、二回目の尚本家主催の御清明祭を執り行う事が出来まして、母に倣い娘を同行させまして祭祀を学んでもらいました。
今年も無事に執り行う事が出来ましたのは、御協力頂きました皆様方の真心の賜と感謝いたしております。
『玉陵地理記』によりますと、「玉陵は首里城と同様な地性の場所である。」と書かれてあります。
陵墓の前には久高島から持ってこられた珊瑚が敷き詰められており、王家にとりまして、大切な神の島久高島の息吹を感じながら首里城と同様の良い場所に眠って頂きたい、と言う尚真王の父王への細やかな想いを感じます。
墓前祭で大切なのは、先祖に向ける無垢な誠の想いであると私は考えます。
玉陵には、玉陵碑というのがありまして、第二尚氏王統時代にはその葬られる人を巡り争いもあったようですが、争うという事は墓前祭の特性には相応しく無い様に私は感じております。
その為に、継承をしていくという事は、とても難しい事柄と私は捉えます。
継承とは自身が継ぐと思って継げるものではありません。
また周りが継がせようと思って継がせられるものでもありません。継承者として、継承していくには、深い精神性が大切になります。
これからも私は慰霊の道を護り、来年も尚本家主催の三回目の御清明祭を無事に執り行う事が出来ますよう、引き続き皆様方のお力添えをお願い申し上げます。
【筆者】
尚 衞(しょう まもる)
尚本家第23代当主。
1950年生まれ。
玉川大学卒業後、アメリカアラバマ州、サンフォード大学(Samford University in Birmingham Alabama U.S.A)にてMBA取得。
一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会代表理事として務める。
◆一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会
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